戦後80年の今年、さまざまなメディアで先の大戦が語られています。今回の日帰りドライブは、ちょっと趣向を変えて、中之条町六合地区に最大生息地がある、珍しいコケ、チャツボミゴケから戦争を考えるドライブです。もちろん、シリアスな話題だけではありません。それでは、チャツボミゴケの群生地のあるチャツボミゴケ公園へ出発しましょう。

※入館料、休館日に関しては変更もあります。確認してからお出かけください。

ドライブ前に/「六合」何と読む?

 群馬県民にはさらりと「くに」と読めますが(と思います)、他県の方にはなかなか読めないようです。六合村は1900年に草津村から分かれ村制を実施しましたが、それ以前は独立した六つの村を合わせたことから「六合」の名が生まれました。日本書紀の神武天皇即位のくだりに「六合を兼ねて以って都を開き」とあり、「六合」とは天地と東西南北、すなわち支配の及ぶ範囲「国」を表すことから、「六合」を「くに」と読んでいるんですね。

[スタート]

 桐生からチャツボミゴケ公園までは、渋川からR145で草津方面へ向かい、道の駅八ッ場ふるさと館の交差点を右折、六合方面に向かいます。渋川からは上信道で向かう方法もありますが、途中通行止めの区間があり面倒なので、今回はそのままR145を走りました。桐生から同道の駅までは一般道で約2時間。渋川からは快走路が続きます。間近に迫る山々(奇岩も多くあります)を眺めながら、気持ちのよいドライブが続きます。

❶道の駅八ッ場ふるさと館

 道の駅で休憩し、六合方面へ。通称白砂渓谷ラインという何ともさわやかな名称の道路です。六合地区を南北に流れる白砂川がつくり出した渓谷の中を走る道路で、もう少しで色とりどりの紅葉が楽しめそう。六合地区には重伝建に指定されている赤岩集落があります。時間にゆとりがあれば訪ねてみたいところですね。

❷中之条町六合支所

 まずは、六合地区にある中之条町六合支所に立ち寄り、情報を仕入れましょう。同支所六合振興課観光振興係の関雄一さんに対応いただきました。事前の調べでは、チャツボミゴケ公園へは同支所先のY字路をR405の野反湖方面またはR209の草津方面のどちらからでも行けそうです。いずれにしても、地図上では道幅が狭そうなので、少し遠回りをしても安全な道を行くにこしたことはありません。

 「草津方面に向かい、途中右折してダムへ降り、そこから目指した方が無難ですよ。野反湖方面からは一部林道を走らなければなりませんから」と関さん。お聞きしてよかった、と胸をなでおろしました。なぜかって、それは、野反湖方面に行く途中のそば店に立ち寄り野反湖ルートで向かうつもりだったからです。

❸そば処六合野のや

 公園に行く前に、自家栽培のマイタケ天が人気のそば店「そば処六合野のや」で腹ごしらえです。同支所を出たのが午前11時少し前。そば店の開店が同11時。情報によると午後1時すぎにはそばがなくなり、閉店となることが多いとのこと。支所からは10分弱。今から向かえば、開店早々入店できそうです。一番乗りかと思いきや既に先客が一人。そうこうしているうちに、開店5分ですでに満車状態。評判にたがわず、人気店なんですねぇ。

山奥の人気店「そば処六合野のや」

 注文したのは「まい天もり」。そばは二八、大人の握りこぶし大のマイタケ天が2個付いて1100円。赤岩産のそばがうまいのは言うまでもありませんが、マイタケ天のうまいことといったら。サクッとした歯ごたえの後にマイタケの香りが口中に広がります。ペット連れの方はテラス席を利用できます。今回はそのテラス席でいただきましたが、暑さはまったく感じませんでした。

大きなマイタケ天がことのほか美味

 「だいたい、1時半ごろには売り切れになってしまいます」と店主。開店と同時ぐらいがベスト。六合まで来て食べられなかったでは、悔しいではありませんか。

【情報】

そば処六合野のや
中之条町大字入山1899-33
0279・95・5478
11時~15時(そば売り切れ次第閉店)。定休日4月~12月は水・木曜日、1月~3月は不定休


❹チャツボミゴケ公園

川面に映える、緑のビロードのようなチャツボミゴケ

 腹ごしらえを終え、いよいよ「チャツボミゴケ公園」へ。チャツボミゴケと舌をかんでしまいそうな名称ですが、そもそもチャツボミゴケとは、pH2.0~4.6程度の強酸性火山水域に生育するウロコゴケ目ツボミゴケ科の苔(たい)類で、世界中の蘚苔(せんたい)類、約1万8000種の中でも最も耐酸性の強い特異なコケです。生物活動の副産物として鉄鉱石を作り出す、珍しいコケでもあるんです。

 かつてこの地は群馬鉄山と呼ばれ、国内第2位の生産量を誇る露天掘り鉱山として栄えていました。最盛期には2000人以上が従事し、1944年の操業開始(1945年1月初出荷)から1966年の閉山まで約300万㌧の鉄鉱石を産出したんです。掘り出された鉄鉱石は3本の索道(空中に渡したロープにつり下げた輸送用機)により太子(おおし)駅まで運ばれ、わずか1年半!で敷設された現在のJR吾妻線を通り、高崎から旧日本鋼管(現在のJFEスチール)川崎製鉄所など各地へ出荷されたのです。それにしても、気の遠くなるような年月をかけてチャツボミゴケが作り出した鉄鉱石をわずか20年で掘り尽くすとは、人間の業の深さを感じてしまいます。

 太平洋戦争中は本土決戦に向けて国内鉄鉱石の需要をまかなうため、戦後は荒廃した国土の復興に、この地から産出された鉄鉱石は大きな役割を果たすことになるのですが、詳細は旧太子駅の項で。

 チャツボミゴケは希少なため、国内で群生が見られる場所は、同公園と熊本県阿蘇のみ。特に同公園のチャツボミゴケの群生地「穴地獄」は200平方㍍と広く、東アジア最大級。その環境や生態系が評価され、周辺の自然遺産とともにラムサール条約に登録されました。

 閑話休題。草津方面からのアクセスでは、すれ違い困難な場所はありませんでした。車はタイムス号(軽自動車)でしたが、普通車でも問題ありません。重力式コンクリートダムの「品木ダム」を過ぎ、公園に向かいます。そうそう、品木ダムでは珍しい光景を目にしました。酸性が強い水を、ダム湖の中心に設置した大型機械で中和しているんですね。中和することで農業用水などの生活水として使えるようにしているとのこと。品木ダムの最大の目的は、他のダムと異なり日本屈指の酸性河川であった吾妻川の水質改善、河水の中性化なんですね。

湖上では湖水の中和が行われています

 品木ダムを過ぎると、高原が広がり、道幅もぐんと広くなります。道路沿いの除雪基地には超大型の除雪機が3台も。雪深い地域であることが分かります。

 そば店から30分ほどでチャツボミゴケ公園に到着。駐車場も広く、駐車スペースに困ることはなさそうです。受付事務所で入園料(600円)を払い、簡単な説明を受けました。チャツボミゴケの群生地まで行く方法は二つ。バスか徒歩かです。バスで行く場合は、受付前のバス乗り場から20分間隔で出ている無料バスで穴地獄バス停まで1分間ゆられ、そこから徒歩で300㍍約15分歩きます。徒歩で行く場合は、バス乗り場奥の登山道入り口から穴地獄まで約1300㍍、約30分歩きます。折しもバスはたった今出発したばかり。歩くよりは、次のバスを20分待っても早く行けそうです。迷わずバスで行くことにしました。

公園の受付棟。お土産の販売も
群生地への入り口。ここから徒歩で

 バスの終点、穴地獄バス停から、一番の見どころである穴地獄までは、渓流に沿ってゆったりとした上り坂が続きます。道にはゴム製のマットが敷き詰められているので、とても歩きやすく感じました。ただ、クマが出そうな雰囲気がぷんぷん、上るにつれ、硫黄の香りがどんどん強くなっていきます。「大丈夫か」、クマや硫化水素の事故が頭をよぎりましたが、そんな思いを払拭(ふっしょく)してくれたのが、川のように流れる鉱泉の岩肌を覆う、深緑のビロードのようなコケの美しさ。取材日の8月下旬は、暑さで黒っぽく変色しているコケもありましたが、周辺の樹木とのコントラストがとても美しく感じました。

チャツボミゴケが群生する「穴地獄」

 坂を上りきると、そこは穴地獄。地獄とはいえ、透き通った池のような水辺に、深緑のコケが一面に広がり、まるで天国のよう。受付事務所のスタッフによると、春のレンゲツツジ、初夏の新緑、秋の紅葉と見ごろの時期はありますが、紅葉の時期、例年9月~10月、中でも10月中旬~10月下旬が一番ですとのこと。見ごろの時期は年によって微妙に変わるので、公園事務所へ問い合わせるとよいでしょう。

【情報】

チャツボミゴケ公園
中之条町大字入山13-3
0279・95・5111
開園期間/4月下旬~11月末(積雪等の状況で変動あり)。受付時間/4月~9月は8時45分~15時30分。10月~11月は8時45分~15時。入園料600円(小学生以下無料)


❺野反峠休憩舎

 せっかくチャツボミゴケ公園まで来たからには、天空の湖、野反湖まで足を延ばさない手はありません。いったんY字路まで戻り、R405で野反湖方面へ。くねくねとした道が続きますが、すれ違い困難な所はなく、すべて舗装路です。公園から約50分、野反湖の看板が見えると、パッと視界が開けます。標高1513㍍、周囲10㌔のダム湖で、辺りは静寂に包まれていました。ネッシーならぬ「ノッシー」でも出現しそうです。

天空の湖、野反湖

 そんな妄想を膨らませながら、野反峠休憩舎のある駐車場でひと休み。湖全体が一望の下に見渡せます。日常の喧騒(けんそう)を離れ、一日ボーっと過ごすのもストレス解消になるかもしれません。湖畔には5月上旬~11月上旬に利用できるキャンプ場もありますよ。満天の星空が見えそうですね。

❻旧太子駅

 後ろ髪を引かれる思いで野反湖を後に、旧太子駅へ。開館は午後4時まで。安全運転で急ぎましょう。R292を長野原方面に戻ります。同駅はチャツボミゴケ公園として整備される以前、群馬鉄山が産出した鉄鉱石を各地に運搬する専用線「太子線」の始発駅として1945年に開業、1952年に旧国鉄に編入されました。資源枯渇による、群馬鉄山閉山に伴い、1972年に廃線になるまで、通勤・通学・観光にと多くの人に利用されたとのこと。ディーゼルカーが1日5往復していたそうです。

 現在は、当時のホッパー棟の基礎や車止めが残され、線路の跡地は生活道路として利用されています。2018年にホーム、駅舎などを復元し、旧太子駅として一般公開を始めました。ホッパーとは、鉱石や石炭、砂利などを出荷・積み込みまで備えておくための設備で、倉庫と積み出しの設備を兼ねているので、線路や道路の上に造られている構造物を指します。

 往時と変わらず、忠実に復元された駅舎にはチャツボミゴケの化石や関係資料を展示。駅員の帽子や信号旗、行き先板など、鉄道ファン垂涎(すいぜん)の品々も多くありました。

 町の委託を受け、シルバー人材センターから派遣された「駅長さん」によると、「子どものころはよく利用していました」と、懐かしそうに話してくれました。戦後の復興を支えた駅だったのですね。

現存するホッパー棟の基礎部分
往時の駅名標がそのままの姿で
【情報】

旧太子駅
中之条町大字太子254-4
0279・95・3055
10時~16時。大人200円、中学生以下無料。定休日/12月29日~1月3日、12月~3月は火~金曜定休


〈時間がゆるせば〉

 六合地区周辺には、源頼朝が発見、「山桜夕日に映える花敷て 谷間に煙る湯にぞ入る山」と詠んだことから名が付いた花敷温泉、川の野天風呂で知られる「尻焼温泉」(日帰り温泉施設、弁天の湯もあり)、「道の駅六合」(物産販売、朝取れ野菜の直売所、日帰り入浴施設など)、若山牧水の碑がある「暮坂峠」など、まだまだ見どころいっぱいです。時間がゆるせば、ぜひ訪ねてみたいですね。そんな日帰りドライブはまた別の機会で。

川の野天風呂「尻焼温泉」
暮坂峠にある牧水の歌碑

 ちなみに、帰途、道の駅六合に立ち寄り、ほぼ地産地消という入山キュウリを購入しました。太い半白系のキュウリで、国内では非常に珍しく原種に近いもの。キュウリ本来の香りが高く、やわらかで水分が多く、地元では、軽く皮をむき、もろきゅうやきゅうりもみ、ぬか漬けなどで食べられているようです。もちろん、おいしかったですよ。日本酒のあてにもぴったりでした。

【取材協力】

中之条町六合支所
中之条町大字小雨577-1
0279・95・3111