
いつもの定期検査だった。尿に異常があり、入院し再検査をすることになった。そして左右共に尿管がんと診断された。
私は以前から直腸がんをはじめ何回も手術を受けているため、腸内の癒着や年齢も相まって手術は無理らしい。医師から「余命を待ちましょう」と告げられた。2年の余命宣告だった。そのとき私は入院中のことを思い出し、不思議と冷静だった。
それは夜中に救急搬送された人のことだった。隣のベッドで痛さに声を押し殺して我慢している様子に思わず声を掛けた。「私は明日も寝られるから気を使わず声を出して!」。単純な考えで声を出せば痛みが少しは軽減すると思ったのだ。するとカーテンを開けお礼を言ってくれたのだが、相当痛いらしく形相がものすごい。それから少しずつ、彼女は病の経過を話してくれていたが、そのうちに寝てしまった。
翌日、隣のベッドがあわただしい。ナースの出入りが激しくなったので、彼女に聞くと緩和ケア病棟へ移るという。無理もない。夕べの話によると肝臓がんの手術を受けたが子宮がんからの転移だという。覚悟を決めた彼女は昨夜と違い穏やかな顔をしている。「あのね、痛みがなく逝けるんだって」。明るく迷いもなさそうに見えた。その時の私は、驚きとつらさに胸が押しつぶされそうで、かける言葉を失った。
この出来事は一週間後、余命を受ける私にとって貴重な体験となった。実際、宣告を受けたときはすべてを受け入れた。
家へ帰り余命宣告を報告すると娘たちは納得がいかず、担当医と話し合うという。結果、セカンドオピニオンを利用して国立がんセンターへ手続きをお願いした。
十分、長生きをしたし、セカンドオピニオンはもうどうでもよかった。一年あれば終活はできる。それでも娘たちは必死に私を説得してくれた。
「築地ですしを食べて銀ブラしようよ」と。がんセンターは築地と銀座の間にある。娘たちの必死な姿に冥土の土産に一度はいいかな、と話に応じた。
そして受診すると…なんと3通りくらい治療方法がありそうだという。希望が持てた。



