失敗を恐れず送った、たった一本のメールが開いた思いがけない扉―。地方紙編集者の依頼に応えて寄せられた内田樹先生の原稿が、書籍に収録され全国へ羽ばたいた経緯と、そこに込められた「勇気を出すことの意味」をつづる体験記。

(2025年7月7日付「みんなの学校新聞」記事から)


思い切って送った一本のメール

桐生タイムス社「みんなの学校新聞」(24年11月号)

 昔から内田樹先生の著書が大好きで、新刊が出るたびに欠かさず読んできました。ちょうど昨年の今ごろ、タブロイド紙「みんなの学校新聞」7月号の編集作業が一段落した頃のことです。息抜きも兼ねて、内田先生の『勇気論』(光文社)を読み始めました。書かれている内容に一つ一つうなずきながらページをめくっていた私の頭を、ある突拍子もない考えがよぎりました。

 「11月号の紙面に内田先生にご寄稿いただけないだろうか」

 まさか、まさかー。内田樹先生といえば、日本を代表する〝知の巨人〟。地方の限られた読者に向けたニッチな媒体に、原稿を寄せてくださるとは到底思えません。一度は自分の中でその考えを打ち消しました。

 それでも諦めきれなかった私は、思い切って執筆依頼のメールを送ってしまったのです。片思いのラブレターのような文面。今思い返しても、あのメールは本当にこっぱずかしい内容だったと記憶しています。

 送信後、ほどなくして返ってきたのは「引き受けます」という短い返信。署名には確かに「内田樹」とあります。にわかには信じがたく、「もしかして、なりすましでは?」と一抹の不安もよぎりました。

 というのも、経験上、依頼に対するお返事というのは時間がかかるものです。案件が手間だったり、初めての取引相手だったりすればなおさらです。ましてや内田先生のように多忙な方が、即座に承諾してくださるなんて…。メールには携帯番号まで記載されていましたが、「先生のお仕事の邪魔をしてはいけない」という畏れと「もし違ったら怖い人が出たらどうしよう」という恐れが交錯し、とうとう電話をかけることはできませんでした。

 結局、関西にお住まいの内田先生とのやりとりは、すべてメールで行うことになりました。締め切りまでの3カ月間、「本当に原稿は届くのだろうか」「万が一偽者やなりすましだったら」と、さまざまな思いが去来しました。

内田先生から届いた「本物」の原稿

 そして、10月11日。ついに先生から原稿が届きました。タイトルは「今、中高生に伝えたいこと。進路について」。1800字弱の文章を一読した瞬間、「本物だ」と確信しました。あの文体、独特のリズム、少し斜に構えた感じ。内田ファンなら分かる、まさに先生の匂いがたちこめてくる文章でした。内容もさることながら、依頼を瞬時に引き受けてくださり、こんなちっぽけな仕事にもまったく手を抜かない先生の器の大きさに触れ、ますますファンになりました。

 本文の結びで「すみません、『中高生に伝えたい進路の話』をするつもりが、『親御さんへのアドバイス』になってしまいました」と書かれていましたが、それはまさに、私がこの紙面で伝えたかった核心を突く内容でした。

 入試の仕組みや目先の進学情報、制服図鑑というライトな企画が並ぶ中に、保護者や学校の先生がじっくり読んで膝を打ってもらえるようなものを入れたかったのです。まさにこちらの意図をくみ取ってくださったかのような文章でした。

勇気がつないだご縁が全国へ広がる

 さて、話はここで終わりません。今年の5月、草思社から刊行された内田先生の『どうしたらいいかわからない時代に僕が中高生に言いたいこと』の紹介記事が、私のFaceBookのタイムラインに流れてきました。「これもまた面白そうだ」と目を通していると、目次の中に「今、中高生に伝えたいこと。進路について」の文字を発見しました。「もしかして、あの原稿が掲載されたのでは?」。まさか、まさか―。とはいいながら、胸が高鳴り、「Amazon」の購入ボタンをすぐにタップしました。

「どうしたらいいかわからない時代に僕が中高生に言いたいこと」(草思社/1300円)

 届いた本を開き、答え合わせ。まさに、あのときいただいた原稿が収録されていました。しかも章の終わりには、「桐生タイムス」とクレジットが。飛び上がるほどうれしくて、声をあげそうになったのを覚えています。何より書籍として全国に流通することで、あの素晴らしい文章がより多くの人たちに届く。そのことを想像しただけでワクワクしました。

 もちろん自分が書いた文章ではありません。でも、あの一本のメールがなければ、この文章がこの世に生まれることはなかったかもしれない。そう思うと、編集者冥利(みょうり)に尽きる瞬間でした。

 こちらの本もすてきな内容でした。中高生のみなさんにはぜひ読んでいただきたい内容がつまっています。手に取っていただけたら幸いです。

章の終わりに入っていたクレジット

 失敗を恐れず送った一本のメールからこんなにも世界が広がった経験でした。だからこそ、中高生のみなさんには改めて伝えたい。失敗したっていいから、可能性を自分で狭めてはいけないよって。勇気を出して一歩踏み出してみる。すると、まさかと思うようなご縁や出来事が返ってくることもあるのです。

 さて、7月7日。みんなの学校新聞のタブロイド判第3号が発行されます。こちらも手に取っていただきじっくり読んでいただければと思います。

(みんなの学校新聞編集長/峯岸武司)

本記事は「みんなの学校新聞」で読むことができます
https://np-schools.com/news/14591


みんなの学校新聞とは

[群馬の教育をもっと元気に!]というコンセプトでスタートしたウェブメディア。群馬の教育を元気にすることで、子供たちの未来ももっと明るく、元気になればいいな。そんな思いをこめて運営されています。独自の紙媒体も年2回発行を予定。運営(編集室)は桐生タイムス社が行っています。

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