年が明け、1月10日から8回の抗がん剤治療が始まった。娘たちには頭が下がる。休む間もなく早朝から往復4時間の東北道を運転してくれた。治療も無事終わり半年が過ぎたころ、もう夏になっていた。まだ生きている。

 ただがんは再発していた。次は左腎臓摘出と聞いて不安は増してくる。病院の帰り道、みんな黙り込んでいた。誰かが富士山を見に行こうと言い出して、私は少し元気が出た。特に赤富士が大好きだ。日本一の富士はいつ見ても前向きになれる。

 高速の大月を過ぎ河口湖インター近くになると霧の中に山がうっすらと現れた。「富士山だ!」。影だけでもいい。インターを降り河口湖に着いた。古賀政男の歌碑がある。雨上がりの水たまりをよけながら湖畔へ降りると正面にじゅうたんのような真っ白い雲の上に見事な富士山があった。それを見て皆すっかり元気になった。よかった。

 娘たちはそんな富士にスマホを向けていたので、私は遊歩道を散策していた。歌碑の横に小道がある。石畳が私を誘導するようにいくつも連ねている。誘われるまま行ってみると三畳ほどの小屋があった。中を見るとつえを持った老人の像がある。一瞬、「怖っ」と思ったがよく見ると七福神の一人、寿老人が祭られていた。後ろの壁には先に世界一になった〝なでしこジャパン〟の佐々木監督以下メンバーの名前が連ねられ祈願してあった。

 ここはご利益があるのか半信半疑で見ていた。右下には祈願の説明が書いてある。『延命長寿』だ。私はちょっとおかしくなった。命の短いことがわかっているし、自分の名前(延命)にお願いするのか…。もう無理かもという気持ちと照れくささも相まって、矢沢永吉のマネをして片手を上げ「よろしく」と言ってそこを去ったのだが、今思うと大変失礼なことをした。今度、機会をみて丁重にお礼とおわびをしようと思う。

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