
昼は歯医者、夜はBar「Clove」(架空)の常連マシモの診療録。患者の口の中から見えてくる人生の物語(実話)を、毎回スパイスの香りと名曲ロックに関連付けてつづる連作エッセー。
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第三話:黄色い習慣
Bar「Clove」に入ると、店内にはロックバラードが静かに流れていた。カウンター奥の棚にはいつものスパイスの瓶が並んでいる。クミン、カルダモン、ターメリック、クローブ。間接照明の下で、その色がやわらかく浮かび上がっていた。スピーカーからはエクストリームの 「More Than Words」。言葉より大切なもの、本質とは何かを歌う曲だ。アコースティックギターのやわらかな旋律が、店の静かな空気に溶けていく。
マスターは何も言わず、グラスに氷を落とす。カラン。その音を聞くと、マシモは今日の患者の顔を思い出してしまう。
矯正治療中の女性だった。マシモは、矯正中でも装置が黄色くならないカレーを販売している。カレーに使われるターメリックは着色しやすく、矯正器具の色が変わってしまうことがあるからだ。
ところがその女性は、来院するたびに器具がきれいに黄色く染まっている。最初はカレーが好きなのだろうと思った。二度目も三度目も同じだったので、ある日思いきって聞いてみた。「カレー、よく食べるんですか?」すると彼女は笑って言った。「いえ、ターメリック水を毎日飲んでるんです」健康のための習慣らしい。ターメリックは料理を鮮やかな黄色に染めるスパイスだが抗炎症作用や抗酸化作用があることでも知られている。
マシモは少し考えさせられた。今まで自分は、ターメリックを「着色の原因」としてしか見ていなかった。けれど彼女にとっては、健康のための大切な習慣だったのだ。同じものでも、見る人が変われば意味も変わる。歯医者をしていると、患者から教えられることがある。口の中のことだけではなく、その人の生き方から学ぶこともあるのだ。
マスターがカウンターに小皿を置いた。ターメリックの香りが立つ黄色いカレーだ。マシモはスプーンを口に運ぶ。さっきの彼女の言葉が頭に浮かぶ。いつもと少し違う香りに感じられた。明日もマシモは、患者の口の中にその人の人生を垣間見るのだろう。
店にはスパイスの香りと穏やかでアコースティックなロックが漂い、今夜も静かに夜は更けていく。



